2人のラーメン職人が熱く語り合う好評の企画「拉麺トーク」。今回は昨年11月、ついに千葉県に進出を果たした博多一風堂店主河原成美さんに、私山路がインタビューするスペシャルバージョンをお送りします。開店まであと2日、真新しい千葉中央店で味とオペレーションの最終チェックを行っている河原さんを訪ねての拉麺トーク特別編。千葉ウォーカー「千葉ラーメンスタイル」との共同企画、雑誌では収録しきれなかった対談の全てをお伝えします。(photo by T.YAMANISHI@RAY FACT)

 1952年福岡県三潴郡城島町生まれ。1979年レストランバー「AFTER THE RAIN」を開業。1985年「博多一風堂」を開業しラーメン界へ。1994年新横浜ラーメン博物館に出店し関東初進出。1995年恵比寿に東京初の支店をオープン。2001年「小樽運河食堂ラーメン工房」をプロデュース。2002年「名古屋駅麺通り」にラーメンディレクターとして参画。現在「博多一風堂」29店舗、「五行」3店舗をはじめ、上海では「享食78」なども展開。

 1968年東京都杉並区生まれ。1998年に「桂花」(新宿)のラーメンと出会い、ラーメン食べ歩きの道へ。友人たちと食べ歩きのサークル「日本拉麺交友会(JRA)」を結成。1999年にインターネットでラーメン情報の発信を開始。2000年「千葉拉麺通信」を開設。同年より千葉ウォーカーのラーメン特集監修、2001年より全ウォーカー誌上初となるラーメン連載を手掛ける。今年から千葉テレビで自身の企画監修出演によるラーメン番組を発信中。

河原「お〜山路〜、久しぶりだなぁ!相変わらず元気そうやね〜!」

山路「どうもご無沙汰してます!」

河原「しかしお前、多分会う人みんなに言われてるんだろうけど、太ったよなぁ(笑)なんだか会うたびに太ってるような気がするな」

山路「そうですか?煙草やめたからかなぁ。最近食べ物が本当美味しいんですよ(笑)」

河原「煙草やめたんだ。でもこの間会った時よりも太ったよな?」

山路「春に恵比寿でお会いした時ですよね?確かにあの時よりは太ったかもしれないな(苦笑)」

河原「俺もこの歳になるとさすがにおっさん体型になるよね。足は細くなるけど代わりに腹が出てくる(笑)腹が出てくるから運動して筋肉にしようかと思うけど、もうこの歳だと筋肉がつかんしね(笑)」

山路「あはは(笑)しかしあらためて千葉県進出おめでとうございます!いいお店が出来ましたね」

河原「ありがとう。他の店に較べて決して広くはないけどね、一風堂らしいお店になってると思うよ」

山路「千葉にいて、一風堂食べたい!って思った時に一番近いのが銀座店なので、よく行くのが銀座の店なんですよ。だからあの地下の店の狭さを知っているから、この店は狭く感じないですよ(笑)」

河原「確かに銀座店と較べたらね(笑)雰囲気としてはむしろ恵比寿の店に似ているかもしれないね。厨房とお客さんの配置も恵比寿に近いレイアウトになっているしね」

山路「開放感もあって明るくていいですよね。看板もでかいよなぁ〜。これって相当でかいんじゃないですか?大名なんかのよりも全然でかいでしょ?」

河原「山路は仙台の店は来たことなかったかな?多分仙台の看板の方がでかいと思うけど、確かにこの看板は大きい方だと思うよ。本店よりも全然大きいしね。」

山路「いやしかし、ようやく千葉に来てくれましたね。ホント待ちくたびれましたよ(笑)」

河原「千葉はずっと前から出したいって思ってたんだよ。前に雑誌で対談した時にも言ってたろ?」

山路「これですね。今日持ってきました(2001年千葉ウォーカー冬のラーメン特集で、河原氏と山路の対談が掲載された)」

河原「お〜、これだこれ、懐かしいなぁ!でも俺はあんまり変わらんね。白髪の入り方も一緒だよ。でも山路は随分変わったな〜(笑)」

山路「確かに河原さんは変わらないな。でも俺はこの頃の方が若いッスね」

河原「若いんじゃないよ、この頃は痩せてたんだよ。お前はただ太っただけなんだよ(笑)」

山路「あいたたた(苦笑)」

河原「しかしもうこれは4年も前なのか…、時間が経つのは早いよな」

山路「そうですね。一風堂も4年前はまだ東京での支店展開も少なかった頃ですよね。確かこの時は博多で始めた五行を東京に出したいっていうタイミングでした」

河原「そうだね。でもようやく千葉に店を出すことが出来たよ。対談でいつかは千葉にって言ってたのが4年経って実現したわけだね」

山路「なぜ、という聞き方もおかしいですけれど、なぜ千葉に出店を決めたんですか」

河原「さっきも言ったけど、千葉は元から出したいって思ってたんだよ。東京とは違う場所にも出店はしたかった。関東というか首都圏で、東京や横浜とは違う街にね。今回は千葉1軒目だけれど、県内に少なくとも3軒から5軒くらいは出せたらいいなと思ってるよ。大阪にも4ヶ所出したしね」

山路「河原さんにとって千葉のイメージってどんな感じなんでしょうか?」

河原「俺にとっての千葉のイメージは、お前しかいないよ。千葉は山路ってイメージなんだ」

山路「え?僕ですか?」

河原「そう、山路のイメージ。お前が千葉のラーメン界を引っ張って、小松(マルバ店主)たちラーメン屋と一緒に盛り上げてくれている、そんな元気なイメージがあるよ。だから千葉に出店するっていう時、まずお前のことが頭に浮かんだよ(笑)」

山路「ありがとうございます(笑)」

河原「あと実は18歳の頃に松戸に住んでいたことがあるんだよ」

山路「そうなんですか?」

河原「兄貴が松戸にいて、そこに1年半くらい世話になってた。そこから都内に通ってた時期があったよ」

山路「そうなんですか。初めて聞いた」

河原「だから正直なところ、その頃のイメージと山路くらいしか俺には千葉のイメージはない(笑)」

山路「いや、でも梅乃家があるじゃないッスか」

河原「そうだった!梅乃家!お湯ラーメン!あれを初めて食べたのはもう10年以上も前のことだよ。1992年の冬だから13年前か。あの頃ラーメン業界で梅乃家知ってる奴は少なかったからね、ラーメン業界に梅乃家の存在を知らせて広めたのは俺だと思うよ(笑)『こんなすげぇラーメン屋があるぜ』って宣伝したんだよ(笑)」

山路「そうなんですか!以前も伺ったことがありますが、梅乃家ってどうでした?」

河原「笑っちゃうよね、だってお湯なんだもん、スープが。ラーメンが400円でチャーシューメンが450円だったかな。今でも同じ値段なの?」

山路「今はラーメン500円ですから、100円値上げしてますね(笑)」

河原「そうか(笑)。麺は相変わらず乾麺なの?」

山路「そうです、乾麺です。都一製麺の」

河原「あの乾麺っていうのがいいよね。麺の味も旨味になってるんだと思うな。茹で湯に移ってるからね」

山路「坂口さん(梅乃家店主)に伺ったんですけど、最近は茹で湯ではなく新しいお湯使うようにしてるって言ってましたよ。スープがすっきりするからって(笑)」

河原「それは違うな(笑)あのラーメンは茹で湯を使うところがいいんだよ。梅乃家の親父は分かってないなぁ(笑)」

山路「麺が乾麺なのは、提供する品質を安定させるためなんだそうですよ。主婦のパートが多いから生麺だと扱いづらいからって」

河原「親父はいい言い訳見つけたなぁ(笑)。でも元々は素人だもんね、あの親父さんは」

山路「そうです。竹岡漁港の漁師さん」

河原「でもね、あのラーメンは衝撃的だった。目から鱗だったよ。びっくりした」

山路「目から鱗?」

河原「お湯でもラーメンが出来るってことにまず驚いた。スープなんて取ってないのに、お客さんが喜んでいる姿を見て考えさせられたよ。だって俺はラーメンのスープはポタージュみたいに濃厚にしなければいけないって思ってたからね(笑)。ポタージュにする必要がないんだって気づかされた。スープに対しての考え方を変えさせられたよ」

山路「確かにあのラーメンのスープはちょっと衝撃的ですよね」

河原「でも梅乃家でスープ啜った瞬間、悔しいけれどうまい!って思っちゃったんだよな(笑)。お湯なのにうまい!って。だから言葉は悪いけど何でもアリなんだってことを梅乃家が教えてくれたんだよね。梅乃家に出会ってなかったらTVチャンピオンもなかったし、五行のラーメンもなかったと思うよ」

山路「TVチャンピオンってラーメン職人王のことですか?」

河原「そう。豚骨しか作ったことない俺がテレビで創作ラーメンを作らなきゃいけなくなって、そこで自由な発想が出来るようになったのは梅乃家のラーメンを食べたからだと思う。お湯でも美味しければラーメンとして成立する、という事実が体験としてあったから、安心して色々なことに挑戦出来たんだと思う。五行に関してもそうで、今までの一風堂とは違うラーメンを出せるようになったのは、あの梅乃家を食べたからだと思うよ」

山路「なるほど」

河原「でも俺は梅乃家よりも美味しいお湯ラーメンを作る自信があるよ(笑)たまにまかないで作るけど、600円は取れるラーメンになってると思うよ(笑)そうだ、対談終わったあとで山路にお湯ラーメンをごちそうするよ(笑)」

山路「本当ですか?ありがとうございます(笑)。あと五行といえば、福岡と西麻布は伺いましたが京都がまだなんですよ。福岡も移転されたんでしたっけ?」

河原「そう、福岡は別の場所に移転したんだ」

山路「そうすると前の場所(西通り店2階)はどうなったんですか?」

河原「上にある居酒屋『行集談四朗商店』の離れを作ったよ。あれはあれで雰囲気がいいから、また福岡来た時は見てみてよ」

山路「でも五行のラーメンは一風堂とはまた違ったコンセプトでいいッスよね。うちのHPのユーザの方も次は五行を出してくれ!と言ってる人もいますよ」

河原「五行は今の『麺酒家』の五行だけではなくて、ラーメンに特化した五行があってもいいんじゃないかと思ってるんだよ」

山路「ラーメンに特化、ということはいわゆるダイニングバーではなく、ラーメン屋的になるということですか?」

河原「そう。焦がしの醤油と味噌をメインに、まぁサイドメニューでいくつかおつまみは出すとしてもね。小さい店で五行のラーメンをメインで出す店も面白いと思うね」

山路「それは面白そうですね」

河原「さっきのテレビの話に戻るとね、数年前に年末年始テレビでラーメン特番ばかりの時があっただろ?」

山路「ありましたね、2〜3年前ですかね。凄かったですよね」

河原「あの時は正直やめてくれよって思ったね。あの頃俺はテレビでラーメン特番やってると便所に閉じこもって一人で泣いてたよ(笑)ラーメンのバブルがふくれにふくれてパンクしちゃったんだよ、あれで。もっとゆっくりと分散してテレビも紹介してくれたらよかったのにな。あの時に一気に行ってラーメンブームは終わったんだと思うよ」

山路「確かにあれ以降はおとなしくなりましたよね、テレビも」

河原「だってそこらへん歩いているおばちゃんがさ、『ラーメン屋って儲かるんでしょ?』って言うようになっちゃおしまいだよ(笑)それを言われた時にラーメンブームは終わったって確信した」

山路「もうブームは来ないんでしょうか」

河原「今までに何度も波があったからまた来るかも知れないよね。最初のブームは86年くらいかな。それから94年にラー博でしょ。96年に田村さんのくじら軒や山田さんの武蔵。ここらへんが一番いい時だったよね。その後パンクしちゃったけれど、これから先は新しい価値観、可能性を持った職人にどんどん出てきて欲しいよね」

山路「新しい価値観と可能性ですか」

河原「今でも新しいお店が出来たって言っては、雑誌やテレビが紹介したり話題になるだろ?でも正直俺にとっては新しくもなんともない。こう言っては失礼かも知れないけれど、全部俺がやってきた味というかね。何も進化してないし、変わっていないんだよ」

山路「確かにそうかもしれないですね」

河原「同じところをグルグル回っているだけでさ。昔ながらのあっさり味に戻っていったりね。そうじゃなくて、新しい挑戦も必要なことだよね。スープの熟成のさせ方一つ取っても、色々なアイディアがあるよ。そういうことを試みていかないと」

山路「なんでもムーブメントって繰り返しますよね。ラーメンもそうなのかも知れないですね。ただ新しい挑戦も確かに大事ですよね。そうすることで業界が成長していくというか」

河原「そうなんだよ。例えば中村君(中村屋店主)みたいな若い連中にもチャレンジして欲しいね。彼のessenceのラーメンのことをラーメンじゃなくてフレンチだ、なんて言う奴らがいるよね? 俺も今度中村君のessenceを食べに行くことになってるんだけど、まずああいった新しい挑戦が大切だし、それを受け止めることも大切。ああいう風に彼ら若い連中が新しいラーメンの形を提案して、それに対して議論が起こったりしてね。それが業界にとっては活気が出ていいことなんだよ。そうすればまたラーメンブームは来るかもしれないね」

山路「その浮き沈みのブームの中で、一風堂は常に先頭を走ってきたわけでしょう?今年は大名に創業して20周年、東京進出10周年という節目の年ですよね。そんな区切りの年に河原さんが思うところ、考えるところってどんなところなのでしょうか?」

河原「一風堂としては、直営店の可能性を追求したいと考えてるんだよね。そのためにはもっと厳しく、もっと原点を見つめ直したいと思っている」

山路「直営店の可能性って何ですか?」

河原「直営のこだわりっていうかな。俺は最初からフランチャイズはやらないって決めていたからね。店を広げるにしてもすべて直営でやると決めているんだよ。一風堂は今回の千葉中央店で29店舗目になるんだけど、店が増えてきたから今だからこそ、もう一度一風堂としての原点というか、新しい出発点を作らなければならないと思っている。最近原点に戻る意味も込めて、大名本店の厨房に入ってるんだよ、月に2日間」

山路「あ、『原点の日』ってヤツですね?大名本店でやっている」

河原「そう。その時は俺朝9時から店に入るんだよ。スーパーに行って材料買ってきて、スタッフの賄い食から作るんだよ。時にはカレー作ることもあるよ(笑)楽しいけれど結構朝早いからきついよね(笑)」

山路「そこで何をしているのですか?」

河原「朝から店に入って、各店の店長達を集めて一緒に営業しながら、一風堂としての再確認をしていくんだよ」

山路「一風堂としての再確認…?」

河原「一つ例を出すとね、最近気になっているのがダストボックス。いわゆる残飯入れだね。俺はあのダストボックスに残飯が入るのが嫌いなんだよ。俺が昔大名をやっていた頃はダストボックスにゴミが溜まらなかったんだ。1日に800人くらいお客さんが来ても残飯がほとんど出なかった。でも最近はゴミが増えたりしている。それが嫌なんだよ」

山路「どうしたらダストボックスにゴミが出なくなるんですか?」

河原「やはりお客さんに一風堂のラーメンを美味しく食べて貰うことに尽きるよね。そして美味しく食べて頂きたい、という気持ちをスタッフ一人一人が持っていることが大事。そういう意識を持っている店では残飯が出ないよ」

山路「具体的にはどういうことでしょう?」

河原「まずは明るく元気よく、雰囲気作りをすることも大事だよね。気持ちよく食べていただくためには食べる環境がまず大事。それからスープにゴマやニンニクを入れることをお薦めしたり、最後まで美味しく楽しめる味わい方をスタッフがお客様に提案することも大事だと思う。『高菜をどうぞ』『ニンニクを絞ると美味しいですよ』ってお客様にラーメンの食べ方のアドバイスをするんだよ。そうすると最後の一滴まで美味しく食べて貰えるから結果として残飯が出ない」

山路「なるほど、そういうことですね」

河原「自分たちが一生懸命作ったラーメンなんだよ?それをダストボックスに捨てていることに鈍感になってはいけないと思う。だから大名本店でその再確認を始めたんだ。8月から始めて今月で4ヶ月、合計8日間だけれど、随分と意識は変わってきたと思うよ」

山路「確かに自分たちが作ったものを捨てるほど悲しいことはないですよね。もっと美味しく食べてもらうという気持ちが大事なんですね」

河原「だからそのためにもね、もっと厳しく、スタッフに対してのしつけもね。ラーメン屋はまず飲食業なんだから、味の研鑽は当たり前のことなんだよ。それだけで満足するのではなくて、飲食業であると同時にサービス業でもあるのだから、スタッフ一人一人に対してのしつけもしっかりとする。礼儀作法を知らない人間が働いているラーメン屋なんてダメだと思うよ。態度が悪かったりする店はダメだよ」

山路「そうですよね」

河原「一昔前だとね、俺とか佐野さん(支那そばや店主)みたいな頑固親父が睨み効かせている店っていうのも、ラーメン屋は旨ければいいという時代だったから成立しただろうけど、今の成熟したこの日本の社会でもうそんな価値観は通用しないよね。子供が喜び、おじいちゃんやおばあちゃんもまた行きたいって思って貰える店でないと。そのためには味はもちろん、接客や店の雰囲気作りなど、ラーメン屋として、飲食業、サービス業として当たり前のことをちゃんとやらないとダメだと思うよ」

山路「まず人としてしっかりしていないとダメということですね。そしてラーメン屋としても」

河原「うん。実はここ数年はちょっとおとなしくしていたんだよ。おとなしくというか、優しくというのかな。今時の人やバイトの子に合わせようと思った時期もあってね。でもやはり自分が大切だと思ったことは、うるさいと思われても厳しく言わないとダメだと気づいてね。だから最近は言いたいことを言っているから気持ちいいよ(笑)」

山路「僕も結構周りの若い子たちには口うるさく言ってるんですよ(笑)最近厳しい大人っていなくなりましたからね」

河原「でも今の若いやつらにも、そういうのを求めている子っているんだよな。本気でぶつかって本気で受け止めてくるやつがね。意外に厳しくされるのも平気みたいだよ」

山路「そう、そうなんですよね」

河原「ラーメンさえ美味しければ後はどうでもいいっていうんじゃなくてさ、やはり作っている人間一人一人の意識がさぁ…。…なんか俺の話、固すぎるかな?(笑)」

山路「いえいえ、そんなことはないです(笑)」

河原「だって本当にそう思っているんだもん。正直なところそうしていかなきゃこの業界では生き残れないよ。一風堂っていうのは、常にラーメン業界に石を投げ続けている存在でありたいんだ。ラーメンブームが落ち着いた今こそ、もう一度ラーメン屋としてさちゃんとやるべきことをやろうよ、と業界の皆にも考えてもらいたいと思ってるんだ」

山路「ラーメン屋としてやるべきことを…」

河原「ラーメン屋としても、外食産業としてもね。外食産業のマーケットは年々縮小してきているでしょ?30兆から25兆を切ってしまって。コンビニが増えて便利になったけど、そこで弁当やカップ麺を買って自分の部屋で夕食を一人で済ませる、いわゆる個食化が進んでしまっている。それはただ食事でしかないわけで、ラーメン屋で提供出来るものはただ食事だけじゃないだろうと。食い物屋として、食べる楽しさを伝えるのは必要だと思うしね。あの店に行くと楽しく食事が出来ると思って貰うことが大事なんだ。それにはスタッフ一人一人がラーメン屋らしく個性を持っているということが必要になってくる」

山路「なるほど。河原さんとしてはこれからは一風堂をどういう店にしていきたいですか?また千葉中央店はどんな店にしたいですか?」

河原「そもそも一風堂っていうのは、旨い博多ラーメンを食わせる店であって、そして働いている人が皆元気な店であるということ。それを今まで通り続けていれば、まずそこらへんのチェーン店や、大したことない店には勝つよね。後は地元で頑張っている一軒店があるでしょう?しっかりとラーメンを考えて作っている地元の人気店。そういう店と勝負出来る、タイマンを張れるような店を作っていきたいと思ってる。味もそうだし、ラーメンに対しての取り組みや考え方、働いている人一人一人の意識で負けない店を作りたいし、千葉の店もそうなって欲しいね。競争力を持って、地元の店と勝負が出来る店にね。そのためにもう一度一から再確認をしなければと思う」

山路「個店と勝負出来る店ですか」

河原「よく『原点に帰る』って言うけど、原点に帰っちゃダメなんだよ。それだと元に戻ってしまうから。やはり『新しい原点』『新しい出発点』を作り上げることが大事なんだと思う。その為にも働いている一人一人がラーメン屋らしく活気を持って働いて欲しいね。一風堂は今全国に30軒近く出来たんだけど、一軒一軒が独立した意識を持って頑張ってるんだよ。だから決してチェーン店などとは言わせない。その店その店の個性があって、独立して闘っていける店。それが一風堂のオリジナリティなんだと思うよ。今度この千葉を任せる島津って店長は、九州の人間なんだけど、今までは五反田でやってきて今回千葉に来た。まだ26歳だったかな?若いんだけど30には独立したいと思って頑張っている。こういうヤツが元気に頑張っているのが一風堂らしさなんだと思うよ」

山路「今日はお忙しいところありがとうございました」

河原「また3年後くらいに対談しようや。山路にはぜひ3年後の一風堂を見てもらいたいんだよ」

山路「ぜひお願いします!ちなみに3年後の一風堂はどうなっているんですか?」

河原「一風堂は3年後には必ず今よりももっといい一風堂になっているからね、その姿を見て欲しい。これからもお互い頑張ろうや!そして千葉店をよろしく頼むよ」

山路「こちらこそよろしくお願いします!」

河原「よし、じゃあ梅乃家よりも美味しい、特製お湯ラーメンを作ってみようか!(笑)」

「大名本店の元ダレだともっと美味しく出来るんだけどね。あとは麺もこの麺じゃない方が美味いよな。やっぱりお湯ラーメンは多少麺が太くないとね」といいながらタレを調整しはじめた河原さん。いきなりラーメンを作り出した河原さんに一風堂のスタッフも驚き、興味津々でその作業を見守っていました。醤油ダレにニンニクを一絞りして、あとはお湯で割っただけの正に「お湯ラーメン」が完成。「もうちょっと頑張れば600円は取れるんじゃないか(笑)」と河原さん。梅乃家よりも上品であっさりとしたスープは、お湯だと言われなければ分からないほどしっかりとした味わいになって、とても美味しかったです。これが一風堂千葉中央店オリジナルのメニューに…なることはないでしょうね(^^;