好評の企画「拉麺トーク」第5弾となる今回は、同じ成田でラーメンを営む麺屋こうじの青山さんと、麺や福一の石曽根さん。2人は昨年夏の「麺魂」で初めて顔を合わせ、その後麺屋こうじが成田へ移転したことから、お互いの店を行き来する交流が生まれました。二人ともホテルの料理人という経歴を持ち、同じ成田でラーメン屋を営む者同士、ラーメンのこと、成田のこと、様々な話が飛び出しました!

 1974年神奈川県横浜市生まれ。1993年調理師学校を卒業後、浦安のホテルへ就職し、中華の世界へ入る。1995年成田市内のゴルフ場の厨房を任され、その後成田のホテルで中華を担当する。2002年独立開業するためにラーメンの世界を選び、佐貫大勝軒に入り田代浩二氏の下で働く。2003年「麺屋こうじ」(柏)の店長を任される。2004年麺魂に参加。成田(富里市)に移転。2005年4月に田代グループより独立し、「麺屋こうじ」店主に。

 1968年千葉県成田市生まれ。1987年に調理師学校卒業後、成田市内のホテルでフレンチの世界へ。パンやデザートなど一通りを経験し、1991年浦安のホテルへ入り厨房でさらに腕を奮う。1996年独立し、成田に「レストラン プチマルシェ」を開業。地元の人気店となる。2001年レストランの隣りにラーメン専門店「麺や福一」を開業し人気を博する。2004年ラーメンコラボレーションユニット「麺魂」に参加。現在「居酒屋福一」でラーメンを提供する。

青山「お疲れさまです!今日はよろしくお願いします!」

石曽根「こちらこそよろしく!」

青山「この間もうちの店に来て下さってありがとうございました」

石曽根「いやこちらこそ。うちにも来てくれて」

青山「初めてお会いして1年近くになりますかね?」

石曽根「そうだね。最初は麺魂(MENSOUL)の顔合わせだったかな?」

青山「そうです。三田さん(行徳がんこ)のところでお会いしたのが最初です」

石曽根「でも僕はその前に柏のお店に行ってるんだよね」

青山「そうなんですよね。後から聞いて焦りましたよ。でも正直、福一さんっていうお店はお会いしてから知ったんですよ(苦笑)。不勉強で済みませんでした」

石曽根「いやいや、僕も麺魂で『麺屋こうじ』さんが参加すると聞いて、てっきり田代(浩二)さんとコラボするのかと思ってた(笑)でも田代さんではない青山君がお店を任されていると聞いて、そこで初めて青山君という人を知ったんだよ。歳を聞いたらまだ若いのにお店を任されているなんて、信頼されているんだなって思った」

青山「いえいえとんでもない(笑)。僕は顔合わせの時に『石曽根さんってどんな人なのかな』って思ってて、それからどんなラーメンを作るか打ち合わせしたじゃないですか。そこで食材の話になった時に、すごく知識が豊富なのに驚きました。ホテルで洋食やられてたと聞いてなるほどと思って」

石曽根「青山君もホテルで中華やっていたんだよね。しかも同じ浦安で(笑)」

青山「そうなんですよね(笑)。少しかぶってるんですかね、時期が」

石曽根「多分入れ違いじゃないかな。でもヒルトンは厳しかったでしょう。特に中華は(笑)」

青山「そうですね(笑)。やはり職人の世界ですから、出来なければ手も出る世界ですしね(笑)。厳しいので辞めさせてもらって、その後成田のリーガ(ロイヤル)に入ったんですが、僕が入った後で経営が変わってヒルトンになって(笑)。浦安時代の料理長とか先輩が成田に来た時は気まずかったですね(笑)」

石曽根「でも一緒にラーメン作った時に、やっぱり中華の経験は凄いなと感じたよ。テクニックが凄いし、知識や引き出しもたくさん持っている。若いのに店長を任されるだけのことはあるなって」

青山「何言ってるんスか(笑)。それは石曽根さんもそうですよ。僕はホテルの経験もあったし、自分で言うのもなんですけど結構食材とか知っている方だと思ってたんですよ。でも石曽根さんは、僕のまったく知らない食材や技法を知っていて、一緒にやる中でとても勉強になりましたよ。それでこの人凄ぇって思って、すぐ福一さんに食べに行きましたよ。そうしたらとても旨かったんです、塩ラーメンが」

石曽根「青山君はいつもうちのラーメンだと塩しかほめてくれない(笑)」

青山「すいません(笑)。でも本当に塩がむちゃくちゃ旨いんですよ。うちの従業員も勉強で都内とか色々食べ歩きしてるんですけど、お世辞抜きにして皆他の店よりも旨いって絶賛してますよ。だから僕はいつも塩ばかり食べてます(笑)」

石曽根「俺は青山君のところだと平均的に食べてるな。どれも美味しいからね」

青山「でも去年の限定ラーメンはインパクトありましたよね」

石曽根「冷やし?」

青山「そう、冷やし。1週間くらいしかやらなかったでしょ?」

石曽根「あれやってる途中で倒れちゃったからね(笑)」

青山「そうだ(笑)僕が食べに行ったのは倒れる3日前くらいでしたっけ?」

石曽根「そうだったかな。あの限定は短くなっちゃって悔しかったな」

青山「でもとりあえず体調も戻ったみたいでよかったですよ」

石曽根「ありがとう。その頃だよね、麺屋こうじが成田に移転してきたのは」

青山「そうですね。去年の8月です」

石曽根「最初に(千葉)拉麺通信の掲示板に書き込みがあったんだよね。嘘かと思ってすぐ青山君に電話して」

青山「本当は僕から先に連絡しなければいけないのに、石曽根さんから先に電話いただいちゃって。あわてて田代と挨拶に行ったんですよね。麺魂でも一緒だったし、なんだか成田に店を出すのはちょっと気が引けたんですけど…」

石曽根「そんなことないよ(笑)むしろ僕は嬉しかった。成田って、うちとかはじめさん(らーめんはじめ)とか、拉麺に気合い入れて作っているお店が少ないんだよね。ほとんどがチェーン店ばかりで。だけど自分たちと同じ気持ちでラーメンを作っている青山君が成田に来るというのは心強かったよ。しかも柏で一番を取ったお店でしょう?自分にも刺激になるし、成田のお客さんのレベルも上がると思ったし」

青山「そう言ってもらえると…。なんだか連絡が後になってしまって、隠してたっぽくて気が引けたんですよ。いきなり来ちゃってすみません、みたいな…。ちょっと気まずいよなぁ、って」

石曽根「そんなことないから(笑)うちの店の隣りに出すって言われたら困るけどさ(笑)」

青山「僕は中華時代に成田で働いていたので、土地勘がある場所でやりたくて成田に店を出させてもらったんですけど、石曽根さんはずっと成田なんですよね?」

石曽根「生まれも成田だよ」

青山「石曽根さんから見て、成田ってどんな町に見えますか?」

石曽根「空港が出来て、成田は国際都市とか言われたりもするけど、基本的には昔から何も変わっていない、古くさい町だよね」

青山「古くさいですか」

石曽根「やっぱり成田山中心の町なんだよ。善くも悪くもね。嫌いじゃないけれど、好きでもないかなぁ」

青山「え?好きじゃないんですか?」

石曽根「古い物を善しとする文化はもちろん大切だと思うんだけど、もう少し新しい物にも心を広く持って欲しいっていうかさ。新しい物を作るとまず敬遠されてしまうし。もう少し垢抜けて欲しいと思っているんだけどね」

青山「あ、それ分かります。うちも店の照明を落とし気味にしていたら、『この店暗いな』って言われました(笑)」

石曽根「でもこの内装は全部手作りなんでしょう?すごいな。今度うちの店の内装も頼もうかな(笑)」

青山「うちは出来るスタッフがいたもんですから。近々家族連れ用にテーブル席も入れようかなと考えているんですよ」

石曽根「こういう今流行のお店も、やろうと思えば自分たちで作れちゃうんだなって感心したよ。逆に青山君は成田って好き?」

青山「僕は好きですね。実は成田のホテル以外にも、昔成田のゴルフ場にいたことがあるんですよ。ゴルフ場の中のレストランで、僕の他に上司の料理人と2人だけで中華から和食、洋食、なんでもやりました。僕は中華ということで入ったんですけど、忙しい時はそういうわけにもいかないじゃないですか。おかげで魚のおろし方とか覚えられました(笑)。ホテル時代と合わせると7年程成田にいましたから、友人も多いし思い入れも強いんですよ」

石曽根「でも柏とは随分雰囲気が違うでしょ?」

青山「違いますね。まず圧倒的に若者の数が少ない(笑)」

石曽根「やっぱり少ないか(笑)」

青山「でも最初それはマイナスではないと思ったんですよ。うちのラーメンっていわゆる「豚骨魚介」というか、動物系+魚系の和ダシが効いたスープじゃないですか。和ダシは年輩の方が好きだから、きっとこのラーメンも好まれる味だと思ったんですよ。そこで柏時代よりも動物系を抑えて、魚ダシを強くしたら拒否されました」

石曽根「それはよく分かるな」

青山「分かりますか」

石曽根「成田のラーメン好きな人は、いわゆる魚系のラーメンに慣れていないんだよ。鶏ガラスープや化調バリバリ豚骨=ラーメンだと思っている。節などを使った和ダシはそばかうどんなんだよね。要するに最近流行っているラーメンを知らないから、それがさっき言った客のレベルということなんだけど」

青山「そう、だから成田のお客さんの声を聞いて、『豚骨醤油』『鶏ガラ醤油』と魚ダシを出さないラーメンを作ったんですよ。僕はここに魚介系のダシが加わった方がいいと今でも思っているので、『鶏ガラ魚介』を薦めているんですよ。でも特に年輩の方は、鶏ガラ醤油が好きで魚介は要らないっておっしゃいます。結局一番出るメニューはやっぱり魚ダシのないラーメンなんです」

石曽根「やっぱり。それでもね、僕が店を始めた時と比べたら、今は大分魚介アレルギーは減ったと思うよ。といってもここ1〜2年くらいのことだと思うけど」

青山「僕こっちにきて一番ショックだったのは、激安のチェーン店があるじゃないですか。そこが一番旨いなってお客さんが言ってるのを聞いた時(笑)」

石曽根「うちも最初の頃は和ダシが邪魔だというお客さんが多かったよ。だから最初は減らし気味にしておいて、徐々に徐々に魚介を増やした(笑)」

青山「年輩の方だから魚介が好き、っていうのは間違いなんですよね。やはりラーメンに対してのイメージが、シンプルな醤油醤油した味というか。一般的なラーメンのイメージでないとダメなんですよね」

石曽根「あとは年齢層が高い客層ということにも繋がるかも知れないけど、成田特有の動きとしては夜が早いよね(笑)」

青山「夜が早い!(笑)柏と比べても全然夜の動きが弱いですもん」

石曽根「だって夜はあまり出歩かないから(笑)」

青山「夜は家で食べる方が多いんでしょうか?」

石曽根「店が空いてないから家で食べるのか、どっちが先か分からないけど(笑)。柏だったらラーメン店に限らず深夜3時や4時くらいまでお店空いてるでしょう?」

青山「そうですね。成田で深夜までやっているのは、24時間営業の山岡家さんくらいかな(笑)」

石曽根「人口的に少ないというわけではないと思うんだけどね。成田は夜人が出ない町だね」

青山「話は変わりますが、石曽根さんのお店は雰囲気がいいですよね」

石曽根「そうかな。自分ではよく分からないけど」

青山「奥様が愛想よくフロアをやっているじゃないですか。明るくてきさくで…、ああいう人がうちにもいれば雰囲気もよくなるんだろうけど」

石曽根「このお店も雰囲気悪くないよ」

青山「でも男ばっかだから。黙々とラーメンを作って黙々と出す、みたいな(笑)。お客さんからすれば感じ悪いんだろうなって(笑)」

石曽根「そうかな(笑)」

青山「でも石曽根さんも分かると思うんですが、コック上がりって仕事中に喋らないじゃないですか。料理を作ることに集中したいんですよね」

石曽根「そうだね。仕事中に喋ったり笑うなんてとんでもないことだよね。僕らは裏方だからね」

青山「喋ったらお玉で殴られる世界ですから(笑)。だからオープンキッチンで物を作るなんていうのは、もうあり得ないことなんですよ(笑)だから石曽根さんの奥様のような存在は大きいと思う」

石曽根「僕は作ることに専念出来るしね」

青山「あと石曽根さんのお店の味って、好き嫌いが分かれない味ですよね。みんなに食べやすい味でインパクトがある味って、なかなか作れないと思うんですよ。特に塩ラーメンの完成度は凄い。深みがあるというか、いろいろな味がするんですよね」

石曽根「また塩ラーメン(笑)」

青山「すいません(笑)特別目を引くものはないんですよ。でもていねいに作っているラーメンだということが、チャーシューやネギなどの仕事から分かるんです」

石曽根「僕は青山君のお店に初めて行った時、さっきも言ったけれど東池袋大勝軒の流れというイメージで行ったから、想像と全く違う味に驚いて。大勝軒系でもこういう味があるんだなって思った。それが成田に来て、客層に合わせて味を修正したでしょ?自分と同じ道をたどっているなと思ったのと同時に、その切り替えが早かったのに驚いた。味はどのラーメンも好きだな。つけめんも大好き」

青山「よくこってり頼まれますよね(笑)」

石曽根「うん、こってりが好きだね(笑)」

青山「でもこうして同じ成田でラーメン屋やらせてもらっていて、どうしても成田はチェーンが強いですから、うちとか福一さんとか、はじめさんや成田家さんなど、同じ個人店同士でこれからも協力して、成田のラーメンを盛り上げていきたいですね」

石曽根「そうだね。チェーン店には負けたくないもんね」

青山「そしてもっと他のラーメン店の人にも成田に出店して欲しいですよね」

石曽根「選択肢が少ないんだよね。支那そば系や博多豚骨系のラーメンは成田にないからね。そういうお店に来て欲しいな。成田のラーメン好きの人が成田で食べないでわざわざ千葉や柏、東京に食べに行っちゃうんだよ(笑)」

青山「それはもったいないッスよね。個人店、もっと成田に増えて欲しいな〜」

石曽根「青山君は田代さんのところから独立したんだよね?」

青山「おかげさまで今月独立させてもらいました。スタッフも引き継いでの独立ですから責任が重いです」

石曽根「今後の抱負は?」

青山「まずはこのお店をしっかりと固めないと。ゆくゆくは支店が出せたらいいですけど。石曽根さんは?」

石曽根「来月もう一度入院して、体調を万全にしたらまた昼夜営業出来るラーメン専門店をやれたらいいと思っているんだ」

青山「じゃあ体調を万全にしてもらって、これからも一緒に成田のラーメンを盛り上げましょう!」

石曽根「こちらこそ今後ともよろしく!」