いよいよ「拉麺トーク」が2年半振りに復活!復活第1弾となる今回は、昨年「千葉魂」イベントに参加した池田さんと榊原さん。2人は今回のイベントが初顔合わせで、それまでお互いに面識はありませんでした。そして複数の店主による合作、コラボレーションラーメン作りは初めての経験だったという2人。イベントを終えて数ヶ月経ち、今の心境を振り返りながらの対談となりました。千葉魂の最年長、同学年対談です。

 1953年茨城生まれ。実家は祖父の代から続く日本蕎麦屋を経営しているが、銀座の有名百貨店に就職し、20年にわたり外商を中心にサラリーマン生活へ。日本全国のラーメン食べ歩きから、自分の店を夢見て、独学でラーメン研究を始める。2001年大網に「ラーメンみたけ」を開業し、地元の素材を活かした和風ラーメンで一躍人気を得る。2004年「千葉魂」コラボレーションプロジェクトに参加し、大晦日ラーメンイベントなどを行った。

 1954年京都生まれ。東京へ出てきてアパレル関係の物販業に従事するが、旭川ラーメンと出会い開業を決意する。独自の味を研究して新しい旭川ラーメンを開発、1996年市川で「旭川ラーメン好」を開業、千葉のラーメンブーム以前から行列を呼ぶ人気店になった。2004年市川を離れて津田沼に移転し、これまでの味を変え「北海道ラーメン好旭川」と店名も改めた。「千葉魂」コラボレーションプロジェクトに参加、新潟県川口町などで炊き出しも行った。

池田「どうもどうも、千葉魂ではお疲れ様でした。」

榊原「こちらこそ、いや本当疲れたね〜」

池田「でも千葉魂は楽しかったですね。色々な意味で充実した日々だったなぁ。」

榊原「いい勉強になったよ。やりがいがあるイベントだったし、何よりも前からこういうのずっとやりたかったんだよね〜(笑)。他のラーメン屋さんと一緒にラーメン作るのってどんなんかな〜、って思ってて。そうしたら松井さんと増田君が誘ってくれて正直嬉しかった。津田沼越して来てよかったと思ったよ、市川の時は声も掛けてもらえなかったから(笑)池田さんは最初話が来た時どう思いました?」

池田「そりゃ嬉しかったですよ。毎年山路さんや高根澤さん(注:千葉ウォーカー編集部高根澤元氏)からコラボレーションの話などを聞いていて、面白そうだなとは思ってたんですよ。でも僕には出来ないなと思ってた。僕は独学でラーメンを作ってきて、自分の味ですら疑心暗鬼になることがまだあるんですよ。そんな僕が他の店主さんと一緒にラーメンなんか作れるのか、僕に何が出来るのかなって。」

榊原「じゃあなんで今回はやることにしたの?」

池田「いや、やりたいけど僕は皆さんと違って独学だし知恵を出せないし迷惑かけるよなぁってカミサンに相談したんですよ。そうしたらカミサンがやった方がいいと後押ししてくれて。『勉強出来るチャンスじゃないか』ってね。」

榊原「なるほどね。それは俺もそう思ったよ。ほら、特に俺なんかはさ国府台にいた頃って音信不通っていうかさ」

池田「誰と?カミサンと?」

榊原「違うよ!(笑)他のラーメン屋さんと交流がないっていうか、どうも千葉から見たらあの場所は東京みたいなのかな、遠くだと思われてるから距離感があるっていうか」

池田「何言ってんの、大網でやってる僕はどうなるのよ(笑)。僕のところの方がよっぽど距離があって遠いでしょう」

榊原「いや話に聞くと、どうやらラーメン屋さんとかが食べに来てくれたりもしてるみたいなんですよ。でも話しかけてくれないし。自分も他のラーメン屋さんに行ったりはするけど、声を掛けるわけじゃないし。だいたいまず顔が覚えられないから、俺(爆)」

池田「僕も増田君とか幸福軒の小黒さんとか、飲み会などでたまにお会いすることはあってもね、普段の交流っていうのはなかなかないですよ」

榊原「俺なんか飲み会すら誘われたことないもん(笑)ラーメン屋って厨房でいつも一人仕事だから淋しいんだよね。だからこれに参加することで他のラーメン屋さんと交流が持てるっていうのは大きかったよ。もちろん俺も俺なんかが入っちゃっていいの?って気持ちはあったよ。でも前からやりたかったし、津田沼に移転したばっかりの時だったから、特にやる気がみなぎっていた時に誘われたから。タイミングっていうのも大切だよね」

池田「でも最初に榊原さんと会った時はびっくりしたな。なんだか怪しい容姿に驚いた(笑)それでまた機関銃のように喋るでしょう」

榊原「俺、しゃべんない方がいいってよく言われるんだよ(笑)俺は池田さんを雑誌なんかで見ていて、写真から想像すると怖そうな人だなって思ってた。でもラーメンは美味しそうだなって思って見てたけど。で実際に話をしてみたら『なんだ、普通のおじさんじゃん』って思った(笑)」

池田「ホントに?僕は申し訳ないけど正直榊原さんもこのお店のことも存在すら知らなかった(笑)それで話聞いたら10年もやってる先輩だって聞いて余計にびっくりして。それで他のメンバーも松井さんとか増田さんとか、顔やネームバリューとかがある店主さんたちばかりだったから、最初はやはり圧倒されたよね。田代さんのことも知らなかったんだけど、あの歳で10何軒もお店持っててよく聞いたら僕と開業のタイミングがほとんど一緒だったことに驚いて。すごいメンバーとやることになっちゃったなって思いましたね」

榊原「俺は逆にちょっと引いた。ラーメンの話とかしていてさ、世界が違うっていうか。店のやり方なんかもそうなんだけど、そもそも俺のは煮干しガンガン入れるラーメンでしょ。でも松井さんとかは鶏だけだしさ、この世に煮干し入れてないラーメンを作る人がいるってことに衝撃を受けたよね。それで味になるのかよ、って思ったし(笑)」

池田「うちは煮干し入れてるよ(笑)」

榊原「試作段階で松井さんが池田さんに『和ダシ取ってみて』って指示出したことがあったじゃん?あの時に池田さんが作ったスープ飲んで安心したもん(笑)『あ、ちゃんと宗田の香りが出ているな。こういう味を作れる人がいるんだな。よし、この作り方をパクろうかな』って(笑)」

池田「あんなの小鍋でチャッチャッと作ったやつでしょう(笑)榊原さんのラーメンは魚も出ているけれど、動物系もしっかり出しているでしょう。田代さんところもそうだけど、あのバランスというか使い方は勉強になりましたよ。僕はとにかく魚ダシにこだわっていたというか、和ダシをどうやって活かすかということばかり考えていたんだけど、動物系のスープの作り方で魚ダシが活きてくるということが分かった。それまでは動物系の寸胴の方はあまり気を使ってなかったかも知れない。このわずかな期間で随分と修業をさせていただいた感じですよ」

榊原「でも本当にわずかな期間だったけど、ずいぶんと色々なことがあったよね。そして一体感があるチームだったっていうか。やっぱり毎週集まっていたのが大きかったのかな」

池田「やっぱり新潟でしょう。あれって会って3回目くらいの時だっけ?」

榊原「うん多分そのくらい。まだ試作に取りかかる前で、集まってはミーティングしてて、その時に松井さんが何か俺達に出来ることないかなって話始めてね。新潟に行って炊き出し出来たらいいねとは言ってたけど、まさか本当に行くことになるとは思わなかった(笑)」

池田「松井さんの決断力っていうのはすごいよ。あと行動力が早いよね」

榊原「俺当日遅刻してさぁ、松井さんに怒られた(笑)」

池田「そうそう、榊原さんだけ集合時間に来なくてね。『置いてくぞ!』って話になってたよ(笑)」

榊原「いや本当に申し訳ない(笑)でも新潟に行ったのはいい経験だったな。その当日っていうか、その時はパパパパッと過ぎてしまって何がなんだか分からなかったんだけど、終わってから振り返ってみると充実感があってはじめて良さが分かった。俺にとっては全てが初めてのことだし、新発見ばかり。随分とあの新潟で成長させてもらって、俺のためにこの新潟行きを企画してくれたのか?と思ったくらい(笑)」

池田「現場に行く前から、被災者の方たちの喜ぶ顔が見たかったわけだし、実際多くの人に喜んで貰えたのはもちろん嬉しかったんだけど、正直それは分かっていたことというか。それよりも簡単なラーメンではあったけど、この5人で初めて一つのラーメンを作ったという快感は想像出来なかったことだし、面白い経験だったよ。掛け声をみんなで掛け合いながらラーメン作ることがこんなに楽しいのかと思った」

榊原「そうね、やっぱり新潟から一体感が出てきたんかな。それから毎週のように集まって大晦日に向けて試作してね。あの試作を重ねていく中でそれぞれのラーメン観が分かってきたところはあるね。『この人はこういう風に考えているんだ』とか『この人はこうやってラーメン作ってるんだ、よしパクろう』(笑)」

池田「毎週ここに集まって厨房使わせてもらって」

榊原「もうおかげで12月の売上げなんてもうズタズタだったから(笑)。『でもイベントが終わったらその後イベント効果があるだろう』なんて期待もしてたけどそれも全くなかったしさ(笑)」

池田「あはは(笑)それはいずれ浸透していくんだと思うよ。でも確かに営業もやって休み返上で試作もやってだったから大変だったよね」

榊原「ホントだよ。俺一人で店やってるしさ、これやってた数ヶ月間は休みゼロだもん。もうクタクタでさ、営業の時に麺を茹で麺器に入れたまんま寝ちゃったことあるよ(笑)寝ながらラーメン作るな!ってお客さんに怒られてさぁ」

池田「それは怒られるよ(笑)」

榊原「最初はさ、こんなバラバラのメンバーでラーメンなんて作れるのか?ってちょっと思ってたんだ。でも試作を重ねていく中で、共通項が見えてきて、これなら大丈夫って思った」

池田「5人5様のキャラクターがあってよかったよね。試作やってても楽しかった」

榊原「でも最初は本当不安だったよ。他の人がスープについてのアイディアとかを言うじゃん?『おいおい、そんなのでいいのかよ』って思ったりしてさ」

池田「それは榊原さんが10年やっている経験があるからじゃないの?僕は修業経験もないし経験が浅いから、逆に『なるほど、そういう作り方もあるんだ』って感心出来た。そもそも合作で作るのは大変なことでしょう?ラーメンは複数の人間で作るよりも、一人で作った方が絶対にまとまるもん、それぞれの味の好みもあるわけだし、自分にとって一番美味しい味は自分一人で作らなければ絶対に出来ないと今でも思っている。でもこの5人だからこそ出来る味、一人では絶対に思いつかない味にはなるわけだから、そういう味を作ることが大切なんだと思うよ」

榊原「確かにね。5人で一杯のラーメンを作るっていうのは思っていた以上に大変なことでしたよ。でも今思うと一人でも欠けていたらダメなんだよなぁ。あの味には絶対にならなかったと思う」

池田「確かにこの5人だからこそ出来た味だったよ。でも試作は大変だったね。ギリギリまで味が決まらなかったし」

榊原「ここの厨房でイベント用のスープを前日から仕込んでたじゃん?皆が会場に戻ってしまってイベント当日の朝まで徹夜でスープを一人で見ててさ、朝の6時になってもスープが決まらなくて正直焦ったよ。朝、浩二君(田代)が様子見に来てさ『好さん大丈夫ですか、これで?』なんて言うしさぁ(笑)」

池田「試作段階でみんなでこれだ!っていう風に決めた味を再現しなきゃいけないんだからね」

榊原「そう、その味は完璧に舌に記憶していたからさ、でもどう考えてもその味に達してないんだよ。特に濃度面で。俺は10何年間何をやってたんだって思ったよね。この日を楽しみに待ってくれているお客さんのことを考えて、ラーメンとしての精度を上げなきゃって、必死になって調整した。当日は2000食分のスープを作らなきゃいけなかったんだけど、このままではお客さんには出せないって判断して、そこから調整して詰めていってなんとか1200食分の濃度にまでは持っていった。あとはもう現場で濃度を上げて残りの800杯分をカバーするしかないなって。実際天候が最悪で2000食まで出なかったけれど」

池田「あれは悔しかったよね。しかも大晦日は雪が凄かったから寒さが半端じゃなかった。やはり天気には勝てないよなぁ」

榊原「途中具を盛るのに手が動かなくなっちゃってさ、寒くて。もう手がカチンカチンになって困ったなって思って、後ろをふっと見たら松井さんがサンバ踊ってるんだよ(笑)凄ぇなこの人はって(笑)」

池田「寒かったけど楽しかったよ。新潟の時に一度やっているから、皆で作る感動はちょっと少なかったけれど、雨が降っているのに販売開始の随分前からお客さんが並んで下さって感動した」

榊原「そう、あの光景を見たときにより真剣にやらなきゃ、最高の味にしなければいけないなって思った」

池田「大変だったけどイベントもやってよかったよね。充実した一日だった」

榊原「今までのイベントもそうだったかもしれないけれど、連帯感が高いレベルにあって。あとは皆本当に妥協しないんだよね。俺なんかいいんじゃないの?なんて思っちゃうところも妥協しない。妥協のレベルも高かったと思う。だから結果として出来たラーメンもレベルの高いラーメンだったと思うよ」

池田「仲間っていうのかな、そういうつながりが持てたということは幸せなことですよ」

榊原「商売とは別のところでね。あぁ、でも商売にも関係するかな。松井さんと知り合ったことで、松井さんの麺が凄いと思ってうちの店でも使わせてもらえるようになったしね」

池田「僕もそうだな。自分のラーメンにも活かせる部分はあったと思いますよ。動物系スープについての技術は随分と勉強させて貰ったし、いろいろと教えて貰えた。実は自分の店で何度か動物スープも試作してみたりしてるんですよ(笑)」

榊原「そう、確かにこの合作をやったことで、うちのラーメンもずいぶんと変わったよ。だって自分の味を変えることって勇気もいるし、お金もかかることでしょ?普通は自分の金を使って大きな寸胴で試作してさ、それを全部食べたりお客さんに出すわけにはいかないから捨てちゃって。でもイベントに向けての試作をやっている中で、発見や気づいた問題点とかが結構あって。今まで悩んだり出来なかった部分が分かったりしたから。房総地どりとの出会いも大きかったよ。『こんないいスープが取れるんだ!よし、うちでも使おう』ってすぐ業者から取り寄せて(笑)房総地どりを早速使ってるよ」

池田「その、すぐ使っちゃうところがいいよね(笑)榊原さんらしい」

榊原「だって今までのよりも美味しいんだから仕方ない(笑)」

池田「このメンバーとやったことで、世界が広がったし視野が広がったのが嬉しかったですね」

榊原「世界が変わった、というよりも俺の場合は元に戻ったんだよね」

池田「元に戻った?」

榊原「そう。ラーメン屋を始めた頃の気持ちに戻れた。ほら、今回試作段階から素材一つ一つにこだわって選んでいったでしょ」

池田「肉の産地とか調味料のメーカーとかもね」

榊原「そういうの昔はやってたなと思って、古い日記を読み返したんだよ」

池田「へぇ、日記つけてるんだ(笑)」

榊原「そうしたら、やっぱり昔の自分もやってたんだよ。醤油はどこどこのこだわりの醤油でとか書いてあんの。それがいつの間にか『いいや、醤油は○○で』みたいになってきてさ(笑)。ラーメンを作る上で大切なことを忘れていたってことに気づかされた。気持ち、精神的な大事な部分を忘れかけていたんだよ」

池田「なるほど」

榊原「だから俺はこのメンバーでラーメンが作れて本当によかったと思ってる」

池田「僕も同じ気持ちですね。大変なことはたくさんあったけれど、それ以上に充実していたし得られたものも多かったですよ。またチャンスがあって状況が整えば、ぜひまた皆でラーメンを作りたいね」

榊原「でも俺は今度やるならもっと楽にやりたいな(笑)」

池田「確かに大変だった(笑)」

榊原「体力的にもそうだけどさ、精神的に辛かったよ。だって試作でなかなか味が決まっていかないしさ、俺ホントにこれ大晦日に出せるのか?って思ったもん。今度もしまたやるとしたらさ、もっと早い時期から試作して準備して、心にゆとりが欲しいよ(笑)」

池田「多分そうやっても決まるのはギリギリだと思うよ(笑)もっと美味しくしよう、という話になって結局ギリギリまで試作をすることになると思う(笑)」

榊原「あとはね、今度やる時はセリフをもっと短くするよ」

池田「セリフって?」

榊原「今回テレビが密着取材してたじゃん。放送したのを見たら全然俺喋ってないからさ、このあいだ日テレの兄ちゃんが挨拶がてらラーメン食べに来たから文句言ったんだよ。『なんで俺の出番が少ないんだよ!』って(笑)」

池田「そうしたら?」

榊原「俺はベラベラベラって長くしゃべるから、切るに切れなくて結局テレビで使えないんだって(笑)『榊原さん一人に10分は使えませんよ』って言われちゃった(笑)」

池田「あはは(笑)でも本当に充実した数ヶ月間でしたね。これからもよろしくお願いしますよ」

榊原「こちらこそよろしくお願いします。まずは池田さんのラーメン食べに行かないとね。まだ食べたことないからね(笑)」